2019年10月13日、台風19号が山形県を通り過ぎた翌日、新聞やテレビでは、宮城県丸森町の水害被害が大きく報道されました。
一面、川かと思えるような泥水の濁流に見えかくれしている住宅の屋根。住人の命はどうなったのだろう・・・と、暗澹たる気持ちになりました。
ひと月前、酒田で行われた高校のクラス会で一人の同級生が「丸森町に住んでいます」と言っていたことを思い出し、すぐさま級友を介して彼女に連絡を取りました。無事を確認できたときは安堵しました。
17日、私の車に積めるだけの水タンクと大きなゴミ袋を届けました。
“チームはちまき”では何百回も通った三陸とは方向の違う丸森町。
私立小学校の教員をしている彼女が住むのは集合住宅の2階でした。学校も住宅も難を逃れたものの、近くの住宅は水没し、命を落とした人もいる地域でした。助かったのが奇跡としか言いようのない惨状のなか、学校の関係者で力を合わせ、困っている人たちに水や食料を配ったり、ゴミ袋を届けたりしていると聞いたのです。
初めて行った丸森町。道はどろどろで、自衛隊員さんが重機で懸命に泥を取り除いていました。泥が道の端に高く積み上げられて行くのを見て、東日本大震災を思い出し、早く片づいてくれればと念じました。
23日には、タンクやゴミ袋のほかホッカイロなどを届けながら、泥かきに行きました。公益大生も誘ったところ、学生はその後何度も被災地に足を運び、力仕事を続けてくれたようです。高齢者の紙おむつが足りないと聞き、私たちの活動に賛同する人が名乗りをあげてくれ、往復8時間の道のりを運んでもらったこともあります。
SNSを使い、冬物衣料を集めました。庄内のみならず、最上地方の人からも多くの真新しい衣料品が届き、驚くとともに感謝でいっぱいになりました。丸森町の同級生を通じて届けたり、家が流され着の身着のまま転居した人にはじかに送ったりして、とても喜ばれました。この衣料は、昨年何度も台風被害にあった千葉の人達にも送っています。
ある団体から、子どもたちのためになるものを贈りたいと申し出がありました。丸森町の子ども園に必要なものを聞いて、30万円もの遊具を寄付してもらうことになったときは嬉しい反面、役に立ちたいと思う気持ちは誰もが持っているのだとあらためて感じたところです。
困ったときはお互いさまの気持ちで力を貸してもらえればと、小中学校時代の友人の一人にも声をかけてみました。卒業以来何十年も会っていなかった人ですが、知人に広めてくれ20万円を超える募金を寄せてくれました。このお金で、水害のため建物も車も備品もすべて流された、宮城県大郷町の障がいのある子どもたちのデイサービスをする団体に遊具をお届けしました。子どもたちが集中して遊ぶ姿を目の当たりにして本当に嬉しくありがたかったです。
他にも多くの人が心を寄せてくれました。そんな支援活動の拠点になるならいつでも使ってね、と経営するカフェで物資を集めてくれるひと、立派な庄内柿を丸森の人達に食べさせたい、と涙ぐみながら、大量にくださったひと。
いつでも運ぶから声をかけてと言ってくれるひと・・・。
「一人でないよ」とメッセージを添えて募金をくださるひとたち。
ひとりでは何もできない。でも、みんなの想いやチカラを合わせれば大きく広がっていきます。
そんなひとたちに支えられ、感謝の気持ちを忘れず、これからも“チームはちまき”は活動していきます。